神代植物公園のあじさい見頃|ヤマアジサイ19品種
※本記事にはアフィリエイト広告(楽天・Amazon等)を含みます。 雨に濡れた葉がしっとりと光を返し、青や白の花が静かに...
五月の末から六月にかけて、神代植物公園の屋外展示場に、すっと背を伸ばした花菖蒲の鉢が並びます。青、紫、白、薄紅――凛とした立ち姿に大きな花を開く花菖蒲は、梅雨入りのころの湿った空気のなかでこそ、いっそう涼やかに映える花です。二〇二六年は五月二十六日から六月七日まで「はなしょうぶ展」が開かれ、丹精込めて育てられた品種の数々が公開されました。

花菖蒲は、ただ美しいだけの花ではありません。日本人が自然のなかに見出してきた美意識が、花の上に見事に表れている――そんなふうに言われる花です。育てられた地域によって、めざす美しさが異なり、まったく違う個性の花へと枝分かれしていきました。この記事では、展示で出会った品種を手がかりに、花菖蒲という花の奥深い世界をご案内します。まずは、よく似た仲間との見分け方から始めましょう。
「いずれあやめかかきつばた」という古いことわざがあります。どれも優れていて選び迷う、という意味ですが、これはアヤメ・カキツバタ・ハナショウブが、それほどよく似ていることから生まれた言葉です。三つは同じアヤメ科アヤメ属の植物で、見た目がそっくり。けれど、いくつかのポイントを知ると、案外すっきりと見分けられます。
いちばん分かりやすいのが、外側の大きな花びらの付け根にある模様です。ハナショウブは、花びらの中心に向かって黄色のすじが入ります。カキツバタは、同じ場所に白いすじが入ります。そしてアヤメは、網目のような細かい模様(綾目)が入るのが特徴です。この「黄色・白・網目」の違いを覚えておくと、咲いている花を前にして見分けがつきます。
育つ場所にも違いがあります。カキツバタは水の中に生え、ハナショウブは湿り気のある場所を好み、アヤメは反対に水はけのよい乾いた土地に育ちます。花の時期も少しずつずれていて、アヤメが五月上旬から中旬、カキツバタが五月中旬から下旬、ハナショウブが五月下旬から六月と、リレーするように咲いていきます。
葉を見るのも確実な方法です。ハナショウブの葉は、中央を走る筋(主脈)がはっきりと盛り上がって見えるのが特徴です。そして大切なのは、ハナショウブそのものが、野生のノハナショウブを改良して生まれた園芸品種だということ。次の章では、その育ての歴史をたどってみます。
花菖蒲のおもしろさは、育てられた土地ごとに、まったく異なる美の理想が追い求められたところにあります。神代植物公園の展示解説によれば、栽培地域の花に対する考え方や思想の違いから、目的に沿った品種改良が重ねられ、大きく江戸系・伊勢系・肥後系という系統に分けられるのだそうです。同じ花菖蒲でありながら、まるで性格の違う三つの家系があると思うと、見え方が変わってきます。
江戸系は、江戸・東京で育てられてきた系統です。池のほとりや水田に植え、土手や橋の上から斜めに見下ろしたときにちょうど良い花姿になるよう改良されました。一輪ではなく、群れて咲く美しさを楽しむ花です。江戸・東京には多くの花菖蒲園があり、より美しく珍しい花を求めて競うように育種が進んだといわれます。玉咲きや多弁咲きといった変わり花も生まれ、何でも取り込んでしまう江戸の気風がそのまま花に表れたとも言われています。なお、江戸時代を含め太平洋戦争以前に作出・見出された品種は、特に「江戸古花」と呼ばれ、別格の存在として大切にされています。
伊勢系は、伊勢(松坂)地方で育てられた系統です。江戸時代の末期に江戸系の品種を譲り受け、独自に改良されました。主に花びらが垂れ下がる三英花(外側の大きな花びらが三枚)で、雌しべの先に「蜘蛛手(くもで)」と呼ばれる細かな凹凸が見られます。やわらかな色合いと繊細な姿は、女性的で優美な印象を与えます。主に鉢で育てられ、室内で観賞されてきました。伊勢には、伊勢菊・伊勢撫子・伊勢花菖蒲という「伊勢三珍花」があり、花菖蒲もそのひとつに数えられています。
肥後系は、肥後(熊本)地方で育てられた系統です。こちらも江戸時代末期に江戸系を譲り受けて改良されました。主に六英花(外側の大きな花びらが六枚)で、雌しべの部分が大きく明瞭、堂々とした風格を持つ大輪の花が特徴です。花の芯を心と見立て、その美しさには熊本武士の気風が表れているとも言われます。一輪の花を室内で正座して観賞するために改良され、厳格な観賞作法が今に受け継がれています。肥後系もまた、肥後椿・肥後菊・肥後芍薬・肥後山茶花・肥後朝顔とともに「肥後六花」のひとつです。
群れの美を見下ろす江戸、繊細を室内で愛でる伊勢、一輪と正座で向き合う肥後。同じ花が、これほど違う美意識を映すのかと、あらためて驚かされます。

数ある園芸品種をたどっていくと、その源にいるのが「ノハナショウブ」です。野山の湿地に自生する野生種で、私たちがいま目にする色とりどりの花菖蒲は、すべてこのノハナショウブから生まれてきました。
展示で見たノハナショウブは、園芸品種に比べると花が小ぶりで、すっきりとした三英花。赤紫の花びらの中心に、すっと黄色のすじが通る、潔い姿でした。華やかさを競う改良品種を見たあとにこの花と向き合うと、かえってその簡素な美しさが胸に残ります。あらゆる名花の母であり、原点である一輪。展示の並びのなかでも、静かな風格を漂わせていました。
展示でもっとも数が多かったのが、江戸系の品種でした。群れて咲く姿を見下ろして楽しむために育てられただけあって、すらりと伸びた立ち姿に、はっとするような色合いの花を開きます。
たとえば「天女の冠(てんにょのかんむり)」は、その名にふさわしい気品をたたえた品種。

「汐煙(しおけむり)」は、潮のしぶきがけむるような、淡くやわらかな色の移ろいを思わせます。

「和田津海(わだつみ)」は、海を名に持つだけあって、深く澄んだ青紫の花が印象的でした。

「長良川(ながらがわ)」は、川の名を冠した涼やかな品種で、水辺の景色がそのまま花になったような趣があります。

変わった名前では「迦陵頻伽(かりょうびんが)」。仏教に登場する、美しい声で鳴くという伝説の鳥の名です。花にその名を授けた人の美意識が偲ばれます。

ほかにも「千歳(ちとせ)」「七小町(ななこまち)」「勇獅子(いさみじし)」「一変(いちへん)」「山蜀の魂(さんしょくのたま)」「相生(あいおい)」と、一つひとつに物語を感じさせる名がついていました。

「千歳(ちとせ)」

「七小町(ななこまち)」

「勇獅子(いさみじし)」

「山蜀の魂(さんしょくのたま)」
粋でいなせ、という言葉がぴったりの、軽やかで華のある一群です。これらの品種の系統や花色は、育つ環境によって少しずつ表情を変えることもあるとされ、同じ品種でも見るたびに新しい発見があるのかもしれません。
伊勢系として展示されていたのが「明石(あかし)」です。伊勢系の特徴である垂れ咲きの三英花が、やわらかく優しい風情を見せていました。江戸系の凛とした立ち姿とは対照的に、花びらがふっくらと下に垂れ、淡い色合いとあいまって、しっとりと女性的な趣があります。
伊勢系は室内で鉢を観賞するために育てられた系統です。三段の雛壇に鉢を一つずつ並べ、花の高さをそろえ、配色にもこだわって愛でる――そんな細やかな鑑賞の文化が背景にあると知ると、一輪の垂れ咲きの花が、いっそう奥ゆかしく見えてきます。
肥後系の品種も、見ごたえのある顔ぶれが並びました。六英花の大輪が特徴の系統だけあって、花びらが大きく広がり、堂々とした風格があります。
「紫震殿(ししんでん)」は、宮中の正殿の名を持つ、格調高い品種。

「「紫震殿(ししんでん)」
紅珊瑚(べにさんご)」は、珊瑚を思わせる赤みを帯びた華やかな花。

紅珊瑚(べにさんご)」
「峰の白雪(みねのしらゆき)」は、その名のとおり、山の峰に降った雪のような清らかな白が美しい品種でした。

峰の白雪(みねのしらゆき
「花冠(はなかんむり)」は冠のように堂々と花びらを広げ、「三夕の感(さんせきのかん)」は、秋の夕暮れを詠んだ和歌の世界を思わせる、しみじみとした情趣を感じさせる名です。

花冠(はなかんむり)

「三夕の感(さんせきのかん)」
「道成寺(どうじょうじ)」は、能や歌舞伎で知られる物語の名を持ち、どこか劇的な趣をたたえていました。「吉笑楽(きちしょうらく)」も、めでたい響きの名を持つ品種です。

吉笑楽(きちゅしょうらく)
肥後系は、一輪の花の美しさを室内で正座して観賞するために改良され、厳格な観賞作法が受け継がれてきました。熊本武士の気風を映すといわれる、その凛とした大輪を前にすると、ただ眺めるのではなく、姿勢を正して向き合いたくなる――そんな気持ちにさせる花たちでした。
ここでひとつ、混同されやすい豆知識を。端午の節句に、邪気を払うとして湯に浮かべる「菖蒲湯(しょうぶゆ)」。あの「ショウブ」と、この「ハナショウブ」は、名前こそ似ていますが、まったく別の植物です。
展示解説によれば、ハナショウブがアヤメ科であるのに対し、菖蒲湯に使うショウブはサトイモ科に分類されます。科のレベルで異なる、遠い間柄なのです。葉の形が細長くよく似ているため混同されてきましたが、花を見れば一目瞭然。ハナショウブが大きく華やかな花を開くのに対し、ショウブの花は穂のような地味な姿で、見た目はまるで違います。同じ「ショウブ」の名を持ちながら、これほど違うというのも、植物の名前のおもしろいところですね。
花菖蒲の見頃は、例年五月下旬から六月にかけてです。屋外展示場の「はなしょうぶ展」は会期が限られていますが、園内では梅雨どきにかけて花菖蒲を楽しめる時期が続きます。ちょうど同じころ、神代植物公園ではあじさいも見頃を迎えるので、花菖蒲とあじさいを一日で両方楽しめるのも、この季節ならではの贅沢です。あじさいについては「神代植物公園のあじさい見頃|ヤマアジサイ19品種」にまとめていますので、あわせてご覧ください。
梅雨の時期のおでかけは、雨に降られることもあります。けれど花菖蒲もあじさいも、雨にこそ似合う花。足元が滑りやすくなることもあるので、歩きやすい靴で出かけたいところです。持ち物の準備については「神代植物公園の持ち物リスト|散策を快適にする7選」にまとめていますので、参考にしてみてください。
同じ花菖蒲でありながら、江戸・伊勢・肥後と、三つの土地がそれぞれに理想の美を追い求めてきた――そう知って花の前に立つと、一輪いちりんが、ぐっと味わい深く見えてきます。来年の梅雨は、系統の違いに目を凝らしながら、ゆっくりと花菖蒲の世界をめぐってみてはいかがでしょうか。