神代植物公園の強香バラ図鑑 -香りの専門分野で楽しむ6つの名花

神大植物公園の四季

■ ふくにゃんとAYAじいの、ある朝の小さな会話

ふくにゃん
ふくにゃん

AYAじい、どうしてバラってこんなにいろんな香りがするの?

AYAじい
AYAじい

香りにも“血統”があってのう。生まれの違いが香りを変えるんじゃ。

ただそれだけの会話なのに、
私の鼻の奥にふっと“あの日の香り”が蘇るのだから不思議です。
神代植物公園のバラ園を歩くと、花の色よりも先に“香りの記憶”の方が戻ってくることがあります。

その香りには、
歴史があり、育種家の哲学があり、そしてその花だけが持つ一度きりの物語がある。

今回は、公園で出会える6つの強香バラを中心に、
香りの科学と育種の背景を交え、紹介していきます。


■ バラの香りはどのように生まれるのか

バラの香りは、いくつもの分子の重なりがつくる“音楽”のようなものです。

主な香気成分には

  • ゲラニオール(典型的な“バラらしい香り”)
  • シトロネロール(甘く優しい香り)
  • フェニルエタノール(透明感のある甘さ)
  • リナロール(柑橘・果実のニュアンス)
  • イオノン(スミレのような香りを生む成分)

などがあります。

これらが組み合わさり、
ダマスク香・ティー香・フルーツ香 という「香りの個性」が生まれます。

そして強香品種は、
香り遺伝子(たとえば ゲラニオール合成酵素オイゲノール合成酵素)を高く発現する血統をもちます。

つまり、
香りが強いバラは、必然的に“選ばれた血統”を持つバラ と言えるのです。


■ 香りの育種史を少しだけ

香りの強いバラは、時代ごとにその価値が変わってきました。

● 中世~近世

薬用・香料として栽培され、香りこそ価値 だった。

● 19世紀:香りの黄金期

ダマスク、ガリカ、ケンティフォリア…
名香の源流が生まれ、現代バラの“香りの母”になる。

● 20世紀前半:香りの衰退

ハイブリッドティーの登場で、
“姿の美しさ・四季咲き・耐病性”が重視され、香りは二の次へ。

● 現代:香りの復権

消費者が再び香りを求め、育種家が香りへ回帰。
強香バラの再評価の時代が始まった。

神代植物公園に強香品種が点在しているのも、
この“香り回帰”の流れを反映しているのかもしれません。


■ 強香バラ6品種と育種の物語


◆ パパ・メイアン

深紅のベルベットをまとった“王者”の風格。
香りは重厚で芳醇、典型的なダマスク香の頂点に立つ名花です。

育種はフランスの名門 メイアン社
メイアン家は100年以上にわたり世界のバラを牽引し、
その哲学は「美しさの奥にある深み」を追求すること。

パパ・メイアンの香りには、
その家系が大切に守り続けてきた“バラの原点”の匂いが宿っています。


◆ 芳純(ほうじゅん)

甘さの質がとても日本的。
重くならず、清らかで、どこか余白を残した香りをまといます。

育種は 京成バラ園
日本の気候で香りと花形を両立するのは非常に難しく、
その壁を越えて誕生したのがこの芳純。

純白に近い柔らかいピンクの花弁が朝光を受けると、
香りがふわっと立ち上がり、まるで人の心に寄り添うよう。

“日本が世界に誇る香りの名花”と呼ぶべき一本です。


◆ フレグラント・アプリコット

果実のような甘さと、紅茶の湯気のような落ち着き。
香りが二層になって鼻へ届く、不思議な奥行きがあります。

育種はアメリカの Jackson & Perkins
アメリカらしい“色彩 × 明るさ × 香り”の発想をそのまま形にした品種で、
花色もアプリコットからサーモンへ変化するため、見た目も華やか。

強香品種の中では“親しみやすい香り”を代表する存在です。


◆ カリーナ

軽やかな甘さに、どこかひと匙の透明感。
匂い立つような強さではなく、
静かに寄り添うタイプの強香バラです。

ドイツの育種会社に多い傾向として、
「甘さに清涼感を混ぜる香りづくり」 が特徴的ですが、
カリーナはその流れを感じさせる一品。

花色の柔らかさと香りの軽やかさがよく合い、
通り過ぎたあとで“あれ、いい香りがしたな”と振り返りたくなるような存在です。


◆ 天津乙女(あまつおとめ)

ティー香という、香りの系統の中でももっとも“東洋的な余韻”をもつ香り。
紅茶の湯気のような、少し乾いた甘さがやさしく鼻をかすめます。

この香りは、
19世紀に中国や日本の原種が欧州にもたらされた時に広がった香りの流れ。

つまり天津乙女は、
「東洋の香りの血」をそのまま現代に伝えるバラ といえます。

黄色の花が風に揺れると、花全体が光をまとったように見え、
香りまで明るくなるのが印象的です。


◆ ダブル・デライト

おそらく公園で最も“視覚と嗅覚の両方で主役になる”バラ。
白から赤へと色が変化し、咲き進むほど赤が濃くなるドラマチックな姿。
そして、強いフルーツ香。

アメリカ育種らしい大胆さと、香りへの妥協のなさが
一本の花に共存している、稀有な存在です。

香りが時間によって変化するように感じられるのも
この品種ならではの楽しみ。


■ 神代植物公園で“強香が選ばれる”理由

公園には、見た目が派手なバラが多いわけではありません。
むしろ神代植物公園らしい落ち着いた植栽の中に、
強香品種が控えめに配置されています。

これはおそらく、
公園全体の雰囲気と、訪れる人の世代に合わせた選定 によるもの。

高齢の来園者も多い公園では、
香りがしっかりとした品種の魅力が伝わりやすく、
バラの香りの違いを「歩きながら感じてほしい」という意図があるように思えます。

香りの強弱だけではなく、
その“質”を確かめながら歩ける公園は、実はあまり多くありません。


■ 香りを楽しむための小さな知恵

香りは気まぐれです。
朝は甘く、昼は軽く、夕方にはしっとりと深さを増す日もある。
風の角度ひとつで、香りが変わってしまうこともある。

花の中心にそっと顔を寄せた時、
そのバラがその日だけ纏っている“香りの物語”に触れられたなら、
きっとそれが、あなたとバラの一期一会の時間です。


■ バラと文学:香りを詠むひとつの短歌

最後に、香りの世界をそっと掬い取るような一首を。

「朝露に  香りふくらむ  紅き花  触れずともなお  胸に咲きおり」

本文中の短歌は本記事のための創作です

あるいは、

香りは“形のない花”。
風にのり、人の心にだけ咲く花でもあります。


■ おわりに

強香バラは、香りが強いというだけでなく、
香りの奥にある“血統”と“歴史”と“育種家の哲学”が漂っています。

神代植物公園でその香りに出会う時間は、
ただ花を見る散策ではなく、
香りを通じてバラの歴史を旅する時間 ともいえるのです。

あなたが歩くその朝、
6つのバラの香りが、それぞれの物語をそっと耳元で語り始めますように。

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