東京のベランダで秋から始める!アサリナ・ルコウソウ・安曇野で作る花のカーテン
―――――――――――――――――― 夏のカーテンから秋のカーテンへ ベランダ園芸の大きな楽しみのひとつに「緑のカーテン...

4月末に苗を植え付けてスタートした「南国ゴーヤー比較実験」。
東京・調布のベランダという小さな場所で始まったこの試みも、6月を迎えて大きな違いが出てきました。
今回育てているのは、鹿児島産と沖縄産、2つの異なるゴーヤー品種。
どちらも同じ土、プランター、肥料、水やりという条件で育てており、違いが出るとすれば品種の特性そのものです。
そして、6月初旬の時点で、その違いがかなり明確になってきました。

まず目を引くのは、鹿児島の品種の生育スピードです。
すでに主枝は芯止め(摘心)を終え、子つる・孫つるにも芯止めを施し、横方向にもぐんぐん枝を伸ばしています。
葉の密度も高く、プランターの上はすでに立派なグリーンカーテン状態。
日差しをやわらげ、ベランダに心地よい木陰をつくってくれるようになりました。

一方、沖縄のゴーヤーは主枝の芯止めを終えた段階。
まだ子つるの動きも控えめで、全体的に生育は遅れています。
これはおそらく、春先の低温傾向が影響しているのでしょう。
沖縄品種は高温多湿に強く、気温が本格的に上がるこれからが本領発揮のタイミングです。
「遅れてるな…」と少し心配しつつも、これからの伸びしろにワクワクしています。
今では日本の夏の定番野菜となったゴーヤーですが、そのルーツはインドの東部から東南アジアの熱帯地域にあると考えられています。
原種は「モモルディカ・カランチャ」という野生のウリ科植物で、**インドでは「カレラ(Karela)」、英語では「ビターメロン(Bitter Melon)」**と呼ばれます。
古くから現地では、食用・薬用の両面で利用されてきた植物であり、アーユルヴェーダや中国の伝統医学でも「体の熱を下げ、胃腸を整える効果がある」とされてきました。
インドから伝わったゴーヤーは、やがて中国南部に伝わり、「苦瓜(クーグア)」として定着します。
主に広東省・福建省・海南島など、気候が温暖な南部地域で栽培され、炒め物やスープの具材として重宝されました。
この段階で、ゴーヤーはすでに食文化に深く根を下ろしていたことがわかります。

日本列島にゴーヤーが入ってきたのは、15世紀ごろの琉球王国時代です。
中国・東南アジアとの交易が盛んだった琉球では、薬草・調味料・染料など多くの植物が輸入されており、その中に苦瓜も含まれていたとされています。
当初は薬用植物として使われていましたが、暑さに強く、痩せた土地でもよく育つという特性から、家庭菜園でも普及。
やがて、チャンプルー文化の中で「苦味は元気のもと」という価値観が生まれ、夏の定番食材としての地位を確立していきました。

つまり、土地の気候・文化・食生活と絶妙にマッチした結果、ゴーヤーは“沖縄の味”として進化したのです。
一方、鹿児島にゴーヤーが伝わったのは江戸時代〜明治初期と見られています。
当時の薩摩藩は琉球との交流が深く、琉球王国を通じて薬草や南方の植物を多く導入していました。
鹿児島では、ゴーヤーは「にがごい」と呼ばれ、戦後の食糧難の時期には貴重な夏野菜として各家庭で栽培されるようになります。
特徴的なのは、苦味が比較的マイルドな品種が好まれたこと。
味噌炒めや天ぷらなど、「苦味を抑えつつうま味を活かす調理法」が多く、家庭の味として親しまれる在来文化が築かれました。

日本全国にゴーヤーが広まったのは、実は比較的最近のこと。
2000年代に入ってからの健康ブームや、夏の節電対策としての「グリーンカーテン」推進がきっかけです。
とくに、自治体や学校での栽培活動を通じて、「ゴーヤー=エコで健康的な夏野菜」というイメージが定着。
さらに、沖縄料理の人気と相まって、「チャンプルー」としての食べ方も広がり、今ではホームセンターでもゴーヤー苗が普通に手に入るようになりました。
名前ひとつとっても、その地域における呼び方と食文化の深さが見えてきます。
6月初旬現在、東京の気候では鹿児島のゴーヤーが圧倒的に優勢。
葉の広がりも、枝の展開も、すでにグリーンカーテンとして機能し始めています。
沖縄品種はまだ助走中ですが、これからの真夏にどんな“追い上げ”を見せるのかがとても楽しみです。
そして、この実験を通じて強く感じたのは、ゴーヤーという植物は、単なる野菜以上の意味を持っているということ。
小さなベランダでそんな壮大な旅路を思いながら、今日も葉を眺めています。
次回は、開花・実の成り方・味の比較についてレポート予定です。
どうぞお楽しみに。