
今日は、バラ園の奥に咲いている“野生バラ”のお話なんだって。派手じゃないのに、人を惹きつける不思議な魅力があるみたいだよ。

日本に自生しているバラなんだよ。故郷の季節を彩ってきた野生バラたち。地味で素朴な姿がすきなんだ。
文化と育種にまで深く関わってきた“素朴なバラ”の物語
神代植物公園のバラ園。その一角でひっそり咲く「野生バラコーナー」。
豪華な洋バラの陰に隠れるように並んでいる五つの野生バラを眺めていると、
「ここからすべてが始まったのだ」としみじみ感じる瞬間があります。

いま世界に広がるバラの多様な色、形、香り──。
その背景には、人の手が届かない自然の中で、風や雨に耐えてきた野生バラの力があります。
花の大きさ、葉の厚み、香りの強さ、棘の形……そのどれもが、植物が生きてきた土地と深く結びついています。
ここで観察できる野生バラは、ツクシイバラ、ハマナシ、サンショウバラ、ナニワイバラ、モッコウバラの五種。
それぞれまったく違う環境で育ってきたため、姿も性質も驚くほど異なります。
ツクシイバラ──水と霧の土地に育てられた、しなやかな野生の姿
九州・人吉の球磨川沿いに自生するツクシイバラは、
朝霧が立ちこめる湿った土地で育ちます。
そのため枝は柔らかくしなやかで、風の流れに合わせるように弧を描きます。


花は淡く控えめで、香りも強すぎず、
“水の気配”を感じさせるような優しい雰囲気があります。
湿度の高い環境に適応するため、葉は薄くて柔らかく、光沢よりもマットな質感が目立ちます。

棘は多いものの、全体の印象は不思議と穏やか。
「強さとやさしさを同時に持つバラ」という、野生ならではの調和が感じられます。

初夏の爽やかな陽気に誘われてミツバチも多くおとずれます。ツクシイバラに来るミツバチの羽音を聞くと。決まって幼い時に読んだ小川未明の童話「野バラ」の一節をおもいだします。
「ちょうど、国境
のところには、だれが植
えたということもなく、一株
の野
ばらがしげっていました。その花
には、朝早
くからみつばちが飛
んできて集
まっていました。その快
い羽音
が、まだ二人
の眠
っているうちから、夢心地
に耳
に聞
こえました。」
日本各地に自生する色々な野ばら。見る方一人一人に、それぞれの思い出があるのではと思います。
樹勢は強いので庭植えにする場合はあっというまに大きくなりますので注意が必要です。秋には赤い果実をたくさんつけます。
ハマナシ──石川啄木を動かした、海と風のバラ

ハマナシが生きるのは、植物には過酷な海辺。
潮風、乾燥、強い日差し、そして砂地──。
そんな条件の中で生き抜くため、葉は肉厚で光沢があり、水分を逃がさないようにできています。


そして何より特徴的なのは、花から放たれる強い香りです。
海辺の夏を思わせる濃厚な香りには、どこか原始的な力強さがあります。

「潮かをる北の浜辺の砂山のかの浜薔薇(ハマナス)よ今年も咲けるや」
石川啄木が短歌に詠んだのも、荒々しき中でそれでも凛と咲く姿に心を動かされたからでしょう。
植物学的にも重要で、
19世紀以降のヨーロッパの育種で“香りの源”として大切に扱われてきました。
現代の香りバラには、ハマナシの血が薄く流れている品種も見られます。

野生種の中では、花が大きく香りもあるのが好きな品種です。又皇后雅子さまのお印氏としても有名ですね。
ノイバラ──里山と河川敷に寄りそう、日本の風景をつくってきた野生バラ

ノイバラは、日本の里山や河川敷、農地のあぜ道など、私たちの身近な場所に広く自生する野生バラです。日当たりのよい斜面や土手を好み、初夏になると小さな白い花を無数に咲かせ、その姿は“白い霞”のように見えることもあります。控えめな花でありながら、風景に溶け込むように咲く姿は、どこか懐かしい日本の初夏を思い起こさせます。

葉は小さく軽やかで、枝はよく分岐し、野生らしいしなやかさがあります。棘は細くやや多いものの、刺すような鋭さではなく、自然の植物らしい“適度な守り”の役割を果たしている印象です。花は小さな一重咲きで、近づいてみるとほんのり甘い香りがあり、素朴でありながら整った美しさがあります。


ノイバラの大きな特徴は、その生命力の強さです。やせた土壌でもしっかりと根を張り、急斜面や川岸でも安定して生育します。根が深く強いため、土砂の流出を防ぐ“自然の護岸植物”としての役割も果たしてきました。こうした環境適応力の高さは、日本の野生バラの中でも際立っています。
育種史におけるノイバラの役割──世界が頼りにしてきた“台木”の力
ノイバラは、バラの育種史において非常に重要な存在です。
特に「接ぎ木の台木(だいぎ)」として世界中で利用されてきました。
ノイバラの根は強く、病気にも比較的強く、乾燥や寒さにもよく耐えます。園芸品種のバラは、根が弱かったり環境への適応力が低かったりすることが多いため、ノイバラの丈夫な根を借りることで、安定して育てることができるのです。現在でも、多くのバラ苗がノイバラの系統を台木として用いています。

また、枝がしなやかに伸びる性質は、かつての庭園文化にも影響を与えてきました。里山の縁や塀のそばで自然に伸びるノイバラの姿は、日本の暮らしの風景にも溶け込み、身近な植物として親しまれてきた歴史があります。
ノイバラが人を惹きつける理由──控えめなのに忘れられない“初夏の白”
ノイバラの魅力は、派手さではなく“記憶に残る白さ”にあります。
目立つ花ではなくても、初夏に野原や土手でふと目にすると、どこか心に静かに響く──
そんな不思議な力を持っています。
放浪の俳人、種山田山頭火がノイバラの風景を詠んだ句。
「花いばら、ここの土とならうよ」
小さな白い花が房状に咲く姿は涼やかで、甘い香りもあり、近づいて観察すると純白の花弁と黄色いしべの対比が美しく、自然の造形の見事さを感じさせます。
ツクシイバラやハマナシが“土地の個性”を強くまとっているのに対し、
ノイバラは“日本の原風景そのもの”を象徴する存在です。
どこにでもあるようで、実は非常に奥深い野生バラなのです。
ナニワイバラ──家々の塀に寄りそい、暮らしとともに咲いてきた花

ナニワイバラは中国原産ですが、江戸時代にはすでに日本の民家の塀によく植えられていました。
生育が早く、大きな白い花が清らかな印象を与え、
棘の強さから“家を守る花”という意味合いでも重宝されたのです。

つるは力強く伸び、壁面や塀を覆うように育ちます。
「庭の一部」「生活の景色をつくる植物」として扱われてきた点が、
観賞目的が中心の洋バラとは少し違うところです。


■ モッコウバラ──棘のない進化と、人との暮らしの距離感

モッコウバラは、バラでは珍しくほとんど棘がありません。
これは進化の過程で「棘が不要な環境」に適応してきた結果と考えられています。
乾燥した山地では動物の食害が少なく、棘を持つ必要がなかったのでしょう。

棘がないだけで、人との距離はぐっと近くなります。
古民家の軒先に植えられたり、庭木として扱われたり、
玄関先に植えられる家庭も増えてきました。

扱いやすさと素朴な花姿が、人の暮らしの中に自然と溶け込んできた理由です。
■ 洋バラを陰で支えた野生バラ──育種史の中の“名もなき主役たち”
もし野生バラが存在しなければ、現在のような豪華な洋バラは生まれなかったかもしれません。
ツクシイバラの原型であるノイバラは、
世界中で「接ぎ木の台木」として利用され、
丈夫な根と病気に強い体質で、多くのバラの生育を支えてきました。
ハマナシは、香り豊かなバラづくりに欠かせない存在。
海辺で育った強い香りの成分が、育種の中で大きな役割を果たしました。
ナニワイバラは交配こそ少ないものの、
のびやかにつるを伸ばす姿が庭園文化を形づくり、
壁一面を覆う“クライミングローズ”の発想の源の一つとも言われます。
モッコウバラの“棘がない”という性質は、
扱いやすい庭木としての理想像を示し、
園芸文化に新しい価値観をもたらしました。
ノイバラの系統は旺盛な繁殖力のもとになる根の力を利用されて栽培種の台木としての働きは大きなものがあります。また野山や河川敷きでどこでも目にするので故郷の思い出の風景として多くの方に愛される花でもあります。
野生バラは表舞台に立つことは少なくても、
バラという植物がどうあるべきかを示し続けてきた存在なのです。
■ なぜ野生バラは、人の心に静かに響くのか
野生バラの魅力は、派手さではなく“素朴さ”にあります。
人の手があまり入らない自然の姿のままで、
土地に根ざし、風雨に耐え、季節を越えていく。
その佇まいに“植物が本来もつ生き方の美しさ”が感じられるのでしょう。
山野草が好きな人が野生バラに惹かれるのは、
花の大きさや色よりも、
枝ぶりや葉の質感に“自然の時間”が宿っているからです。
■ 神代植物公園で野生バラを観察するという体験
華やかな洋バラのエリアから少し離れると、
静かに咲く野生バラの一角があります。
そこに立って花を眺めていると、
まるでバラという植物の“時間を巻き戻す”ような感覚を覚えます。
香り、棘、葉の厚み、枝のしなり方──。
そのどれもが、バラが生きてきた土地の記憶です。
神代植物公園の野生バラコーナーは、
土地が植物をつくり、植物が文化をつくり、
文化がまた人の心を動かすという、
長い流れを静かに感じられる場所でもあります。
洋バラを支えた野生の力、
暮らしに寄り添ってきた素朴な美しさ、
そして日本の自然が育んだ“飾らない花”。
その一つひとつに触れていくと、
バラ園の景色が今までとは違って見えてくるかもしれません。
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【本文ここまで】
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